Part1. 海人のなんぽー行き

海人となんぽー行き

日本にプラスチックのボタンがない時代、沖縄の漁師“ウミンチュ”は、フィリピンなど南方の海へボタンの材料となる高瀬貝を採りに行っていた。 昭和30年代、南方で貝採りを体験した山城久雄さんは、絵を描くことが大好きだった。数十年も前のことを思い出しつつ、得意のエンピツ画で南方での 体験を描き綴った。それはまさに、ウミンチュによるウミンチュの記録。千枚を超えるエンピツ画をアニメーション化。長い航海、素潜りでの貝採り、 カメ漁、海での恐ろしい体験など、南方で活躍したウミンチュの知られざる世界がつぎつぎに展開する。


Part2. 素潜り集団追い込み漁

伊良部島は佐良浜の喜久川組の漁師たち。今も素潜りで追い込み漁を続ける最後の漁師たちといわれている。 台風一過の7月の朝、氷を積んで漁場に急ぐ。かつては東南アジアやソロモン諸島などにまで出漁した面々も、50代、60代となった。 それでも元気いっぱい。潜水と浮上を繰り返しながら、網を設置し魚を追い込んでいく。オキナワの名を世界に知らしめた素潜り追い込み漁 “ツナカキャー”の現在を追う。

素潜り集団追い込み漁

Part3. サバニ・ヒストリー

サバニ・ヒストリー

沖縄の海洋文化が誇る舟サバニ。その歴史は丸太を刳り貫いて造られた「くり舟」に始まる。 サバニは時代とともに、あるいはそれを造る船大工により、建造法、形が微妙に異なる。しかし、 スピードと頑丈さを求めた沖縄の漁師たちが育んできた舟であることに変わりはない。サバニの歴史と魅力を探る。


Part4. 越来治喜のサバニ造り

腕ききの船大工を父に持つ越来治喜が、約70年前に父親が造ったサバニを手本に、新たにサバニを建造することになった。 越来治喜は、マーラン船の建造では、無形民俗文化財(うるま市)に指定されるほどの技術をもつ。果たして、 サバニの特徴である美しい流線形を出せるだろうか?父親の技に近づけるだろうか? 大胆にして繊細な船大工越来治喜が、 息子の越来勇喜とともに、1艘のサバニを生むまでの27日間を追った。単なる造船記録ではなく、船大工の息づかいが聞こえてくる。 木造のサバニを造れる船大工が減るいっぽうの今日、その建造全工程を克明に記録した貴重な映像。

越来治喜のサバニ造り


メインページに戻る